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北海道と薬用植物<課題と展望>地域イノベーションを起こせるか

北海道は、日本国内において医薬品用の薬用植物の主要な産地の1つですが、国全体を見渡し見ると、国内における薬用植物の使用量のうち約8割が中国からの輸入に頼っています。

レアアースの例のようにカントリーリスクを回避する必要性からも、そして、冷涼な気候と広大な土地のポテンシャルを生かした産業振興の面からも、北海道における薬用植物栽培への期待は大きいものと思われます。



北海道の薬用植物の歴史

北海道における薬用植物栽培の歴史は古く、開拓以前から松前藩によるオタネニンジンの栽培が行われていたようです。

1948年には、道立薬用植物栽培試験場が設置され(1956年閉鎖)たほか、1964年には名寄市に、国立衛生試験所北海道薬用植物栽培試験場が設置され、現在は、独立行政法人医薬基盤研究所薬用植物資源研究センター北海道研究部として、北方系薬用植物の試験栽培研究を行っています。

また、1970年に北海道生薬公社設立(1996年解散)されたほか、2009年には大手製薬メーカー「ツムラ」が夕張市に生産・加工・保管拠点を設立し道内各地の生産拡大に向けた取り組みを行っています。

北海道で栽培されている薬用植物

(1)医薬品(漢方薬)に使われる薬用植物

(財)日本特産農産物協会の「平成22年薬用作物(生薬)に関する資料」によると、北海道内で栽培されている医薬品用の薬用植物と栽培地は次のようになっています。※生産量の多い薬用植物の順

・センキュウ/由仁町、訓子府町、芽室町、帯広市
・トウキ/由仁町、名寄市、網走市、訓子府町
・キバナオウギ/上士幌町
・ダイオウ/美瑛町、池田町
・トリカブト/千歳市、石狩市、浦幌町
・ハトムギ/名寄市
・カノコソウ/名寄市
・ジオウ/新得町
・シャクヤク/美瑛町、音更町
・セネガ/由仁町
・ニンニク/名寄市、深川市
・ムラサキ/当別町

トウキの花

(2)健康食品および化粧品に使われる薬用植物

北海道経済産業局の調べによると、健康食品で使用頻度の高い108種のうち、北海道で栽培されている薬用植物は次のとおりとされています。

アシタバ、アマチャヅル、オウギ、大麦、黒大豆、ケール、ニンニク、ゴマ、しいたけ、シソ、シベリアジンゼン、タマネギ、タラの芽、ハトムギ、高麗人参、ブルーベリー、プルーン、まいたけ、ヤーコン、ヨモギ、霊芝。

化粧品用としては、用途別に次のようなものが北海道内で栽培されているとのことです。

・収斂成分/エゾコウギエキス、シラカバエキス、セイヨウハッカエキス、タイムエキス、ブドウ葉エキス、ホップエキス
・消炎成分/カワラヨモギエキス、ガマ穂エキス、カミツレエキス、クマザサエキス、甘草エキス、シソエキス、ワレモコウエキス、ヨモギエキス、レタスエキス
・防腐・殺菌成分/ショウブ根エキス、ニンニクエキス
・保湿成分/アマチャエキス、加水分解ダイズタンパク、ゴボウエキス、キイチゴエキス、キュウリエキス、シイタケエキス、ジオウエキス、米発酵エキス、ダイズ発酵エキス、ダイズタンパク、バクガエキス、ユリエキス、ノバラエキス、ヘチマエキス、リンゴエキス
・その他の生理活性成分/アスパラガスエキス、センキュウエキス、コムギ胚芽エキス、ダイズエキス、レイシエキス、トウガラシエキス、ヨクイニンエキス、ラベンダーエキス、ワレモコウエキス

中でも、アスパラガスエキス、ジオウエキス、センキュウエキスなどは北海道の特徴的な素材であるようです。

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薬用植物栽培の難しさ

薬用植物の生産拡大のためには、大きな課題がいくつも横たわっています。

薬用植物は市場に流通することは少なく、主に製薬メーカーなどとの契約により栽培するため、契約相手の企業戦略等に大きく左右されます。

主要作物ではないため、各農薬メーカーが農薬登録にあたって薬用植物を適応対象としないことが多く、農家が独自に農林水産省に農薬登録をしなくてはなりません。

そして、マイナーな植物は、栽培の低コスト化・省力化のための専用機械が無いため汎用的な農業機械を活用するしかなく、規模の拡大が難しい、などの課題があります。

国立薬用植物資源研究センター北海道研究部の役割


画像出典/国立研究開発法人 医薬基盤?健康?栄養研究所 薬用植物資源研究センター 北海道研究部

薬用植物の振興については、国レベルでの検討が進められているほか、マイナー作物等農薬登録推進協議会による農薬登録支援制度が設けられていたり、北海道においては、農業改良普及センターや農業試験場などの技術者による研修会の実施や技術指導が行われています。

中でも、国内に4か所設けられている国立薬用植物資源研究センターのうち、北海道の名寄市にある、「国立研究開発法人 医薬基盤健康栄養研究所 薬用植物資源研究センター 北海道研究部」の役割は大きいでしょう。

ここでは、寒冷地に生育する薬用植物の収集と保存、薬用資源植物の栽培と改良に関する研究、栽培指導、種苗提供、教育?普及活動などを主な目的とし、特にシャクヤク、甘草、センキュウ、トリカブトなどの栽培研究を行っているほか、これまでに、ハトムギやシャクヤクで北海道に合った品種改良・登録を実現しています。

シャクヤクの花

名寄市の取り組み

前項でご紹介した「薬用植物資源研究センター」がある名寄市では、当施設があることの利点を生かしながら薬用植物の栽培では道内でも先駆的な地域として知られています。
名寄市では、2014年に当センターと共同研究協定を締結し、寒冷地での薬用植物の栽培、優良種苗の増殖、加工、品質評価を通じ生薬の持続供給を目指し、民間研究会や名寄市立大学と協力し健康食品開発などを進めています。

特に「カノコソウ」などで種苗の育成、大量生産が可能な栽培技術を確立し、薬用植物栽培の一大研究拠点となることを目指しています。

「カノコソウ」は、根および根茎を乾燥したものが、鎮静剤として神経過敏・睡眠薬などに用いられています。

地元農家らによる「名寄市薬用作物研究会」では、市や農業改良普及所など関係機関と連携し、生産向上と販路拡大の取組を行っています。

加藤剛士名寄市長も、様々な機会をとらえて「薬用植物栽培の一大研究拠点に」とアピールしています。

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江別市の健康都市への取り組みにヒントを得る

経済産業省北海道経済産業局と公益財団法人北海道科学技術総合振興センターによる「北海道における薬用植物の活用及び関連産業振興に関する検討会報告書」では、北海道の優位性を踏まえ経済的な波及効果の大きい分野として、食品産業や観光産業との相乗効果に触れています。

産業振興として考えるのはごく自然なことだとは思いますが、幅広く道民の幸福を考えた場合、どのような視点が大切なのか、当ブログでは、札幌の隣にある江別市の取り組みにヒントがあるのではないかと注目してみました。


画像出典/江別市公式サイト

2017年に江別市は「健康都市宣言」を行いました。「健康都市宣言」は、既に数多くの自治体が行っており、スポーツや食育などの活動と関連させて住民の健康増進を目指しているもので、珍しいものではありません。

ところが、江別市の健康都市へ向けた取り組みには、”人・まち・社会のすべてが健康なまち”という少し変わったコンセプトがあります。

江別市は、「食」への強いこだわりがあり、「食」関連の産業振興と連動した住民の健康づくりを目指しているのです。

2012年度に指定された北海道フードコンプレックス国際戦略総合特区では、札幌市と江別市が食品の有用性評価、食品加工の拠点として位置付けられており、このことと連動して江別市にある北海道情報大学に設置されている健康情報科学研究センターでは、住民ボランティアの参加により、食の機能性と健康に関するデータを集積し市内各所に健康チェックステーションを設けるなどして住民の健康増進を図りながら同時に機能性食品の開発による産業振興を後押ししています。

これら食の臨床試験システムが産業振興と連動している取組は「江別モデル」と呼ばれ、地域イノベーションの形として各界から注目を集めています。

江別市の「健康都市宣言」関連の取組の中には、もちろん一般的な健康増進のための取組も含まれていますが、やはり、前記のような、産業振興の視点を取りいれたコンセプトが特徴といえましょう。

“人・まち・社会のすべてが健康なまち”を目指す江別市の「健康都市宣言」に、これからの持続可能なまちづくりのあるべき姿が見えるように思います。

北海道における薬用植物の未来は

さて、話を「薬用植物」に戻しましょう。

北海道において、薬用植物の栽培は、冷涼な気候と広大な大地が優位点とされていますが、生産拡大をしていくためには、栽培の効率化と流通の確保、製薬メーカーとの連携など多くの課題を乗り越えなければなりません。

北海道の優位点は、食産業や観光産業の集積があることから、これらとの相乗効果を狙えるのでは、ということが専門機関の分析でも指摘されています。

これに加えて、前記の江別市の「健康都市宣言」や地域イノベーションの「江別モデル」にヒントを得るならば、産業振興の視点ばかりでなく、道民の健康という面にも目を向け、持続可能なまちづくりの一端として薬用植物が社会の重要な構成員になっていくことが大切であるように思います。

これ以上は筆者の思慮が及ばない領域でありますが、引き続き関係者のご努力に期待し、私たちの北海道の発展を祈らずにはいられません。

【参考文献】
〇「北海道における薬用植物の活用及び関連産業振興に関する検討会報告書」/経済産業省北海道経済産業局・公益財団法人北海道科学技術総合振興センター

〇「特産種苗 第16号」/公益財団法人 日本特産農作物種苗協会

〇広報なよろ第62号

〇広報えべつ2015年7月号

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